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 5/29 最近、定期的にPCを開くことがなくなってしまい、予約投稿でUPしたりしてます。 せっかく付けていただいたコメントにもレスがないままになってしまったりして 失礼なので、しばらくコメント欄閉じておきますm(_ _)m

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管理人:生まれは福岡県小倉北区。北海道十勝地方在住。
 りき(純正ミックス・♀)※2010年没 
ミカ(BTとパグミックス・♂) 
金太(レモンカナリア・♂)※2012年没
タラ(コザクラインコ・♀)

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8月のこと

2010.03.24 20:48|2010.りき 最後の年
 リアルタイムで最後にりきのことを更新したのは、7月末。
りきの抗がん剤治療が二クール目を迎える、という内容だった。

 でも、結局は一クール目以降、抗がん剤治療は行わなかった。
理由の一つに、二週目にあたる週に、どうしてもキャンセルできない小旅行の予定があって、りきを知人に預けることになっていたこともあった。
 事前に先生に、副作用の一つに血尿がある、と言われていたので、発現率は100%ではないけれど、私の不在時に知人にそんなリスクまで引き受けさせるわけにはいかなかった。
それで、二週目の開始は、私が戻ってからにしようと思っていたのだった。
でも、ずっーと迷ってた。
診察台で震えていたりきを思い出すと、
『本当にこの方法が最善なのか、この治療法を続けていくことは、りきにひどい苦痛を与えるのではないか。それを体が分っていたから、りきは初めてあんなに怯えて震えたのではないか』
そんな不安や戸惑いが何度も頭の中をめぐって、旅行から戻ってきても私は二週目のスタートをなかなか始められずにいた。

 

『りきがあんなに震えたのは初めてだった。副作用に苦しみながら命を永らえるより、自然な形で最後を迎えられたほうがいいのかもしれない。それに』
と私は続けて思った。
『もしかしたら、リンパ腫は間違いだったのかも』
『だって、簡単な検査だけしかしてないし。病理に出したわけでもない。
あれっきり嘘みたいにリンパの腫れは引いてしまった。
あれはやっぱり、他の事が原因で、抗がん剤によってその原因が叩かれたのかも
りき、食欲もあるし、元気だ。どこも悪くは見えないし』

 結局のところ、私はそれ以降抗がん剤治療を行わなかった。
いろんな理由をつけてみたけれど、私が現実から逃げたかったのかもしれない。
あれはきっと間違いだったのだと。

 8月の大半は、いままでの夏と同じように、なんら変わることなく、平和に、平凡に過ぎていった。



kanayama2.jpg

kanayama.jpg
 8月 富良野町 金山湖にて




 
 
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テーマ:わんことの生活
ジャンル:ペット

2010.03.23 19:56|2010.りき 最後の年
 3月12日
 りきが逝きました。
 りきの古くからの友人、まりんの飼い主JUNJUNさんも、まりんを伴って訪れてくれました。
りきと対面して、泣いてくれたJUNJUNさんは、「早かったね・・・」と呟きました。

 彼女が生前のりきと最後に会ったのは11月。
まだりきがなんとか歩けていた頃でした。
 
 そうかもしれない、
とあらためて思いました。
りきの病気が分って8ヶ月。
彼女が歩けなくなって、本格的な介護が始まって5ヶ月。
それは、普段の変わらない生活の中でなら、あっというまの時間でした。
でも、私にとっては、たぶんりきにとっても、とても長い時間でした。
 
 りきは深まる秋に倒れ、長く厳しい冬を過ごした後、春の訪れと共に行ってしまいました。
この冬のことは、きっと生涯忘れられないと思います。
 彼女は最後まで、実にいろんなことを私に教えてくれました。

 介護生活の最中には、主に私の心の中でいろんなことが起こって、逃げ出したくなったこともありました。

『りきのことが落ち着いたら、あんなこともしよう。こんなこともしよう』 

 りきのことが落ち着いたら。
それはりきが死んだら、という意味です。
 私の職業は看護師です。死には何度も対面し、自分の心理状況も含めて、なにもかも分っているつもりでいました。
 愚かにも、すべて理屈の箱の中に収まって、整理できると思っていたのです。

 今、りきのいない家の中で、私がしたかったことは何なのか、思い出せずにいます。
りきのいない生活に、いまだ慣れる事が出来ません。
朝、起きたときも、食事をするときも、夜眠るときも、どうしてここにりきがいないんだろうと思い、その理由に思い至っては、胸が締め付けられそうになります。
 彼女はまさに私の半身でした。

 これが世に言うペットロスか、と自嘲気味に思います。
でも、ペットロスという言葉で片付けたくはありません。
愛するものを失って悲しまないものがいるでしょうか。
 人は忘れる生き物です。この感情も、いつか和らぎ、思い出の一つになっていきます。
それが自然の反応です。
 私の身にももちろんそれは起こっています。
りきを失った瞬間から、急速に私はりきの体温、鳴き声、表情、毛ざわり、匂い、などを失い続けています。
それを心が知っているからこそ、忘れたくなくてしがみついている。
それが私の悲しみなのだと思います。

 私には信仰があって、それは言葉にすれば「古神道」というものですが、“ 世の中に存在する全てのものに神が宿っている。だから全てのものを尊敬し、大切にして生きていこうという ”という精神のことです。
もちろん神は人にも動物にも宿っているのです。
 大げさに言わなくても、何のことはない、日本人や、プリミティブな種族ならごく当たり前に持っている自然信仰のことです。
 その「古神道」でも、肉体は現世を生きるための乗り物であり、大切に使い切ったあと、ミタマが肉体を離れて行くべき場所へ還る、という理解があります。
 りきは今は肉体の縛りを離れ、自由になった。それを私は理屈抜きで信じています。
りきの為には、今は幸せなことなんだ、と思ってはいても、もう二度と同じ生き物同士として、あの子に会えないことが、寂しくて、悲しいのです。


 りきの闘病中は、パソコンに向かう時間と心の余裕がありませんでした。
 でも、これから少しづつ、止まってしまったこの日記の続きを書いてあの半年間を見つめた後、一区切りつけようと思います。
 そのほうがきっと、りきも喜ぶでしょうから。
 言葉にしてみれば、たぶんあっという間の8ヶ月でしょう。

 

 
 
 

テーマ:■MIX犬■
ジャンル:ペット

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